大判例

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東京高等裁判所 昭和38年(う)221号 判決

被告人 斎勝進

〔抄 録〕

本件公訴事実は、被告人は自動車運転の業務に従事しているものであるが、昭和三十五年十一月一日午後二時十分頃小型乗用自動車を運転し市川方面より小松川方面へ向け京葉道路上を時速約五〇粁で進行し、東京都江戸川区下篠崎町千二百十一番地附近において、左折しようとしたが、この様な場合、自動車運転者としては方向指示器等によつて合図をすべきは勿論、あらかじめできる限り道路の左側に寄ると共に、特に後方より直進して来る車輛の交通状況を注視し、その安全なることを確認してから左折するようにして、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに拘らず、これを怠り漫然時速約五粁で左折しようとしてハンドルを左に切つた過失により、折柄左後方より大村茂が軽自動二輪車の後部に吾田直規を乗車せしめて直進してくるのを発見できず、自車の左側面に右軽自動車の前部を衝突せしめて同人等を跳ね飛ばし、よつて右大村に対し、加療約七十五日間を要する頭部外傷等の傷害を負わせ、尚右吾田を頭蓋内損傷により同日午後五時五分、同区東小松川四丁目千二百四十九番地小松川病院において死亡するに至らしめたものであるというにあつて、原審裁判所がこれに対し犯罪の証明がない場合に該当するものとして、無罪の言渡を為したことは、検察官所論のとおりである。

記録に徴すれば被告人操縦の小型乗用自動車(セドリツク)と大村茂操縦の軽自動二輪車(オートバイ)とが前示日時場所において市川方面から小松川方面に向い進行し、右セドリツクが左折にかかつたとき、右オートバイと接触し、その結果大村が傷害を蒙り、吾田が死亡するに至つたことは明らかである。

所論はなかんずく、被告人が市川方面から西進して来て、本件現場において、京葉道路に平行した一般道路に入り、これを東進せんがため、先ず左折するに当つては、あらかじめその前から、できる限り道路の左側に寄つていなければならなかつたのに拘らず、京葉道路上の高速車通行区分帯と中低速車通行区分帯の境界線を跨ぐような位置から、左折を開始したことは過失であり、また後方確認の義務も怠つている、と主張するのである。よつて記録並びに当審における検証の結果に徴すると、本件現場は略東西に通ずる有料高速道路である京葉道路(幅員一五、四米)上であつて、その両側にはガードレールが設置されていること、右道路は平担且つ見通良好であつて、東より西に向い下り勾配となつていること、前示江戸川区下篠崎町千二百十一番地附近において、右道路の南側に略平行する一般道路(幅員四、八米)と接続し、その一般道路の南外側に京葉道路管理事務所下篠崎分室の料金徴収所の建物が建てられていること、被告人は毎時約五〇粁の速度を以て高速車通行区分帯を西進し来り、右下篠崎分室前において、右高速道路から前記一般道路に入り、その一般道路を西から東に、すなわちもと来た方向へ戻ろうとしていたので、原判決のいう逆ユーターンをしようとしていたこと、よつて被告人はその手前一〇〇米位の個所において、車両をやや左に寄せ、高速車通行区分帯と中低速車通行区分帯の境界線を跨ぐような位置を以て進行し、同時に毎時四〇粁位に減速し、更に五〇米位進行して毎時二、三〇粁に減速し且つ方向指示器を点滅させて左折の信号を始めたこと、その頃被告人の右側をヒルマンらしき車輛が追い越したこと、本件現場に接近するや、被告人は殆んど一時停止をなした上、左右後方を注視し、運転台や左フエンダーのバツクミラーには後方三、四〇米の附近には何等車輛も見えなかつたので、毎時五粁位の速度を以て徐々に左折にかかり、車体が道路と殆んど直角位になり、前輪が高速道路と一般道路との境界線附近に差しかかつたとき、大村茂のオートバイが被告人の車輛の左側後輪附近に衝突し、ために大村茂及び吾田直規に死傷の結果を生ぜしめるに至つたことを認めることができる。按ずるに本件事故当時の道路交通取締法第十四条第一項は、車輛等は、左折しようとするときは、あらかじめその前から、できる限り道路の左側に寄つて徐行して回らなければならないと規定しているところ、本件において、被告人は高速車通行区分帯と中低速車通行区分帯との境界線を跨ぐような位置から、左折を開始したことは前記のとおりであるが、前段認定の如く、被告人は、その前から速力を緩め、現場附近において殆んど一時停止した上、左右後方を注視し、後続車のないことを確認した後、徐ろに左折を開始したこと、(本件現場に至る前方向指示器を点滅せしめ始めた頃、被告人の車の右側を追い越した車両のあることは、前段認定のとおりであつて、後続車には被告人が左折せんとしていることは明らかに認められた筈ともいえる。)また記録及び当審事実取調の結果に見られる本件現場の地形的特殊性並びに左折について技術的に困難な場所であることを総合すると、被告人は本件において、検察官主張の如く車輛を道路の左端に寄せなかつたことは明らかであるが、左折に関しては前記の如く十分の注意をなしたものというべきであるから、この場合被告人の措置は、道路交通取締法第十四条第一項の要求するあらかじめその前から、できる限り道路の左側に寄つて徐行したものというに吝でないというべきである。記録を精査し当審事実取調の結果によるも、被告人の本件左折について、被告人に注意義務を懈怠したとの点については、これを認めるに足る証拠はなく、この点に関する原判決の詳細なる説明は、その結論において正鵠なるものといわざるを得ない。

しかして前示大村茂はオートバイの後部に吾田直規を乗車させ前示通行区分帯の境界線のやゝ左側を進行したが、原審並びに当審証人吉野富士雄の証言によれば、大村茂のオートバイの速度は毎時六〇粁ないし七〇粁の高速度であつたことが認められ、また原審並びに当審証人大村茂の証言によれば、同人は自分の前方にセドリツクが先行していることは本件現場の手前七、八〇〇米の附近より知つていて、その後右セドリツクの後を追い続け、本件現場に至つたが、その間セドリツクが左折の合図をするのは全く知らなかつたといい、自車が本件現場より二〇米位手前に至つたとき、セドリツクが徐行に移り且つ左折を始めるのを認めたので、五米か一〇米手前に至りブレーキをかけたが間に合わずセドリツクに接触したというのであつて、また記録によると、大村はオートバイを運転中脇見をしていたという事実のあることも窺われるので、大村は本件道路における制限速度毎時四〇粁をはるかに超過した高速度を以て運転していたのみならず、前記の如く七、八〇〇米の手前において先行する被告人の車輛を認めながら、その後不注意にも被告人が既に一〇〇米位手前より車輛を左に寄せ漸次減速したことも、左折の合図をしたことにも気がつかず、全く前方注視の業務を怠つて暴走していたものといわざるを得ない。然らば本件事故は被告人の過失に因るものではなく、むしろ大村茂の不注意に因つて発生したものと認めるを相当とすべく、その他検察官の所論に徴し記録を精査検討し、且つ当審事実取調の結果によつても、右認定を覆し、本件事故が所論の如く被告人の過失に基くことを認めるに足る証拠は存在しない。然らば本件につき犯罪の証明がないとして被告人に対し無罪の言渡をなした原判決は相当であつて、これを有罪と主張する論旨は理由がない。

(三宅 東 井波)

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